〜10.昇格祝い〜

自立訓練施設を退所する日まであと数ヶ月。住居の確保に仕事の合間を縫って動いている。

そんな頃。年度が変わるに向けて、僕の担当の教官が昇格した。教官とは色々あったが、僕の生い立ちを同情ではなくて共感してくれた唯一の人だ。また、一見厳しく暴走し易い一面も見受けられるが、信頼して間違いない、思いやりのある、筋の通った人でもある。

教官の昇格祝いに2年間の集大成も兼ねて、何か贈ろうと考えている。かなり迷ったが無難なモノが思いつき、あとは購入するのみである。

いつも犬と猿の間柄だから、まさか僕から昇格祝いが渡されるとは・・・教官は夢にも思わないだろう!!

4月に入り教官のびっくりする顔が目に浮かぶ!?



〜9.出会いと別れ〜

就労支援事業A型の勤務が始まった今日このごろ、ふとした瞬間、就労支援事業B型の別れた同僚を思い出す。

共に働き共に同じ釜の飯を食った忘れ難い仲間だ。その中でも、つい先日迄連絡を取った奴がいる。

その男性は僕よりも3つ歳下で僕の隣でいつも仕事をしていた奴だ。僕との息がピッタリあって仕事をしていた・・・オーバーに言えば仕事のパートナーと言っても過言ではないだろう!!その男性は優しく穏やかでもの静かな女性らしい一面を持った奴だ。もしも僕が女だったら、一発で心臓に恋の矢を撃ち抜かれているくらい、魅力的な男性だ!

(アイツに会いたいなぁー!!もう一度一緒に仕事がしたい・・・今頃どうしているのだろう?!)

その男性の事を考えると、喪失感が少しある。

今の事業所の同僚はとは余り休み時間も会話はない。

前々から思っていた。幸せはあとから気づく・・・就労支援事業B型の毎日が僕にとってどれだけ幸せだったか?!

幸福な思い出を胸に今日も早朝から身支度を始める。

〜8.支援会議直前〜

今日は、何回目かの支援会議がある。
最近、かかりつけ医の移動と共にメンタルが崩壊した。後任の女医にはまだ診察を受けていない。
いつも通り朝早く起床して身支度を整えながら、かかりつけ医との思い出ばかりに浸っている。

(・・・一緒に行きたかったなぁ~)
(・・・僕が医師になったら会えるだろか?)

就労支援事業A型に来月から採用が決まり、今日の会議は最近のメンタル崩壊の立て直しを議論する。

(朝から教官と面談かぁ~胃が痛い。しかし不幸中の幸いにも、母親代わりに会える・・・久しぶりだ。)

母親代わりとは精神保健福祉士で、今の自立訓練施設に入所させてくれた、いわば命の恩人だ。今回の会議で現役を引退する。

(・・・最近、僕の大切な人が次々と僕から離れていく・・・そろそろ傷も癒えたから、独り立ちして自分の夢に向かって生きろと、運命の輪が回り始めたのか?!)

どん底まで堕ちていたメンタルが回復し始めていたかの如く、暴飲暴食が止まった・・・

〜7.友情という嫉妬〜

就労支援事業A型の体験へ行くことが決まり一息ついた頃、自立訓練施設の人間模様は異様な空気が漂っていた。
ある一人の若い訓練生に周りの訓練生が入れ代わり立ち代わりムラがう日常になっていた。僕もムラがう連中の一人で・・・

『じゃまた今夜。』
『はい。すみません。いつも時間が取れなくて。』
『君はこの自立訓練施設の人気者だからね!!仕方ないよ。』
『僕なんかの何処がいいのか・・・ただ僕はみんなと会話したいと・・・』
『そこが君のいい所だよ。別け隔てなく訓練生に接する。素晴らしいよ!!』
『ありがとうございます。』
『じゃまた今夜。』

この訓練生と居ると自分を取り戻す事が出来る。そして、癒やされマイペースで行動する事が出来る。訓練生というよりも教官と言っても過言ではない。

(あの教官か・・・)

この若い訓練生にとうとう見習いの教官まで、寄り付く有り様だ。

僕は将来、この若い男性のように誰からも愛される人間になれるだろうか・・・いやなりたい・・・なるんだ。

若い訓練生を羨んでいると、親しい賄いが手際よく夕飯の支度を始めていた。



〜6.叶わぬ進路〜

もうすぐ支援会議を目の前に僕の担当の教官と詰めの面談をした。

『ざっくりA型へは行けそうですか?』

この何日か、周りの支援者に聴いて回ったが、誰もA型へ行くことをイエスと言った者はいない。

『皆さんの意見を素に決めます。』
『・・・要するにまだって事ですか?』
『御自分でお考え下さい。』

僕の担当の教官はこの自立訓練施設の事実上トップだ。上に立つ人間だけにやたらと厳しい。

『それよりあと数ヶ月で退所です。住居の確保を考えてますか?かなりの間、職についてないから、一般の賃貸はハードルが高いです。公営住居をオススメします。しかし身内が奥様だけとなると、保証人を奥様になってもらわないと・・・』
『冗談じゃない!!』

僕は怒りを顕にした。あの鬼嫁の世話になるならば何の為にここへ入所したのか?わからなくなる。僕にとってここは言わば隠れ蓑だ。

『とりあえず、今度の支援会議で皆さんの意見を伺いましょう。』
『教官はいつも目の前の事を片付けていけば未来へ繋がると言いますが、事前に未来の事を考えて置かなければ・・・』
『それが貴方の未熟な面です。』
『はぁ~。』

キツイメイクがやけに似合う担当の教官はそう言うと席を立った。
部屋へ戻り、今日の面談で今度の支援会議のおおよその結果が見えたので、灼けを起こさずにはいられなかった。

(酒の代わりに甘い物でも食べるか?)

何故か喫煙は許可されてるが、飲酒はご法度だ。ちなみに僕はとうの昔にタバコは止めた。

(こんな時、ストレス解消に吸ってたらなぁ~)

辺りは既に暗くなり、テーブルにあたる蛍光灯の光が明るかった。



〜5.中途覚醒〜

普段は大抵PM9:00には床につくのだが、今夜は隣人からスティックタイプのコーヒーを2ダース貰い、友と一緒に今夜の会話のお供にした。その影響で見事眠りたくても眠れない・・・不眠のような症状が出た。そもそも僕はカフェインにはかなり弱い。夕飯後にコーヒーを飲むと決まって眠れない。眠れたとしても中途覚醒してしまう。今夜も中途覚醒してしまった。

(さて・・・朝までどう時間を潰すか・・・いや、とりあえず動画でも上げるか。)

こう見えてもチャンネル登録者数はかなり少なく、小遣いにすらならないが、一応ユーチューバーである。過去の恋愛経験から、思春期の女性は占いにハマりやすい事は知っていたので、タロットで三択の動画を不定期の上げている。

(ついでにこの後眠れるか?占ってみるか!?)

占い経験は昔にカルチャーセンターでかじったあと、とある師匠の元で腕を磨いた。まぁ〜そんな事を浪人中にしていたから、大学は当たり前だが落ちた。
しかし、占いをかじったおかげで臨床心理学や精神医学を知り、今でもこの自立訓練施設を退所したら、福祉や医療の道へ進みたいと強く思っている。

(最近、動画は上げてなかったからなァー。久々の割には一発で撮れた。この後も『月の逆位置』が出たから、そのうち眠くなるだろう!?)

いつもは中途覚醒などは滅多にしないが、こうやってまたに中途覚醒した時は動画を上げている・・・というか、中途覚醒でもしないとタロット占いなどはしなくなった。何故か僕の占いは眠りから目覚めた直後に占うと昔から滅法よく当たると言われてきたからだ。

(コーヒーにあやかってチャンネル登録者が増えてくれると有り難いが・・・(笑))

真夜中。睡魔の足跡が見え隠れし始めた頃、ふと締め忘れたカーテンの外にはスーパームーンが輝いていた。



〜4.リセット〜

今朝の朝食はパンにマカロニサラダ、豆乳コーヒーにバナナだ。
自立訓練施設の何度目かの三連休の最終日・・・賄は休日なので居ないので、ほぼインスタントだ。
定刻通り食堂に来ないと、いくらスタッフが居なくても朝食にはありつけない。

『遅れてきました!!すみません。』

申し訳無さそうに寝坊した訓練生がいた。

『おいおい、何の為に自立訓練してるんだァー?』

周りの反感を買っている。

(そうだな。僕は寝坊なんて馬鹿げた事はしないが・・・情けない!)

たまに自分を見失いそうになると、周りの訓練生を見渡す。そして・・・

(僕はあの時からリセットしたんだ。大丈夫!!僕をもう束縛する奴は居ない。これからの人生は光に満ちている。自分で全て自由に描いて行ける!!)

寝坊した訓練生は相変わらずマイペースで他の訓練生のアドバイスも上の空。
僕はこの寝坊した訓練生をいつも反面教師にしている。いやむしろ踏み台にして羽ばたこうとしている。
過去の悔しき日々に別れを告げた事を噛み締める為に・・・

今朝も僕にとって、ありきたりかつ未来への道筋が見えていた。